2015年2月26日木曜日

メキシコの漁師の話を知っていますか!

このお話を知っている人や、知らない人の為に!
また、毎日を忙しく仕事されている方へ、

 短い文ですが、読んで見て下さい。



メキシコの海岸近くの小さな漁師の村へ、アメリカのエリートビジネスマンが旅行でやって来た。

小さな小舟に、粋の良い魚がいた。


アメリカ人旅行者 「素晴らし魚だね。どのくらいの時間を漁してるんだい。」

漁師 「気が向いたとき気が向く時間だね。魚が取れたら帰ってくるよ」

アメリカ人旅行者 「もっと漁をしたら、もっと魚が捕れるだろう。惜しいな。」

漁師 「これで、自分と家族が食べて生けるから十分だね」

アメリカ人旅行者 「それじゃ、時間が余って退屈だろう。余った時間で何をするの?」

漁師 陽が高くなるまでゆっくり寝てるんだ。それから、漁に行くよ。
     漁から戻ってきたら子供と遊んで女房と茶して、夜になったら友達と
     一杯やってギターを弾いて歌を歌って、これで1日の終わりだね」





アメリカ人旅行者 「ハーバードビジネススクールでMBAを取得した人間として、
     君にアドバイスをしよう。

     君は、毎日もっと長い時間を漁をしなければならない。
     余った魚は売る。そしてお金が貯まっら大きな漁船を購入する。
     そすると、漁獲高も上がり儲けも増える。その儲けでもう1隻漁船を
      増やして行く。やがて大きな漁船団にする。
     そして、自前の加工工場建てる。

   そしたら、君は経営者としてニューヨークのマンハッタンから企業の指揮を取る。
     
漁師 「そこまで行くのに、どのくらい時間が掛かるの?」

アメリカ人旅行者 「20年か25年もあれば十分だね」

漁師 「それから、どうなるの」

アメリカ人旅行者 「それからは、本当に凄いことになるよ。」
           「作った会社の株をすべて売却して、君は億万長者になるんだ。」

漁師 「それで?」

アメリカ人旅行者 
           「そしたら、引退して海岸近くの小さな村に住むんだ。
          そこでは、陽が高くなるまでゆっくり寝て、起きたら漁に出かけるんだ。

          漁から戻ってきたら子供とあそんで、女房と茶して、夜になったら友達
          と一杯やってギターを弾いて歌を歌って、これで1日を過ごすんだ。」


          「どうだい、素晴らしいだろう。」

漁師 「? 」







     

2014年11月15日土曜日

彼のようになりたいなら、彼の真似をすればいいに!

世界的にトップレベルの資産とプライベートジェット機を持っている投資家のバフェット氏に、ある人が訪ねた。

「あなたのようになるにはどうすればいいのですか」

バフェット氏
「毎日、500ページ読みなさい。~~。」
バフェット氏の一日の仕事の80%は、雑誌や新聞や書物の読書に費やすのです。

多くの人がこう思うだろう。
これなら自分にも出来そうな気がする。たくさん雑誌や書物を読んで考えることなら。』
しかし、多くの人が出来そうと思ってもしない。
もっと簡単な方法を探しているのだろうか?
別な方法を探しているのだろうか?
真似ることが嫌なのだろうか?



読書量は、大変な量だし地味な活動で飽きやすい。
そこに、バフェット氏は活動の原点があると言っている。
『俺のようになりたいなら、俺の真似をしろ』

答えは、出されている。簡単なことだ。

彼のようになりたいなら、彼の真似をすればいいに

2014年11月8日土曜日

この涙、知っていますか

この、知っていますか。

ヴァイオリンには、特に練習用のヴァイオリンにはシミが着いていると言われています。
そして、このシミは、なかなか落ちる事はないのです。
ヴァイオリンに塗られたニスをも融かすものがあるのです。
ヴァイオリニストを目指す者は、自分次に大切なものです。
しかし、このシミだけはどうする事も出来ないのです。

知っていますか。
このシミは、涙なのです。
血の涙なのです。決して『涙は心の汗だ』なんてものではないのです。



ヴァイオリニストとして桧舞台で活躍できる者は、ほんのひと握りです。
その他、大勢は諦めなければならないのです。
自分の才能のなさ、不運を嘆き、または、もう一度挑戦するために涙するのです。
練習に練習を重ねて鍛錬した者にしか、その時に流した涙の意味は分からないでしょう。

物事をやろうとして、出来なくて諦める事は決して悪い事ではないと思う。
しかし、本当にやろうとして諦めたときどんなだったでしょうか!
このヴァイオリニストのようにニスをも融かすほどのを流したのでしょうか!

この、知っていますか!
諦める前に、涙するほどに~~したか。

2014年10月30日木曜日

人生、これでいいのか

こんなことを感じたことはないか!

すべてが上手く行きそうだった。
確かに、普通にしていれば上手くいくと思われた。

こんな時、このように感じたことなないか。
「何かが足りない。せっかくの人生だ。成功だけが人生ではないのではないか。
そもそも成功とは何だ。分からない。」

一般的に成功している人を見た。
人生の表しか知らないような人だった。
それなりに風格もあり教養もある。
しかし、話に興味が湧いてこないし、その人に興味が全然わかない。

その時、私はこのように感じた。
すべては、お膳立てされた成功だし、自分の身を持って人生を切り開いた人では無いだろう。
人生の悲哀も感じることも無いだろう。
そうだとしたら、あまりにも人生が勿体無いと思った。



人生、これでいいのか。」

私は、クリスチャンでは無いが聖書は読んだ事がある。
ゴルゴダの丘の場面でイエスが十字架ではりつけされる場面だ。
そこで、手と足に杭を打たれ腹を槍で刺されるのだ。
苦痛を和らげるために用意された麻酔のアルコールを、イエスは口にしなかったのだ。

それは、こんな理由だった。
人の持つ苦しみ、苦痛、哀れを身を体験しなければ人を救えないと信じていたから、
敢えて麻酔を拒んだのだ。

これを知ってから、自分が優しくなった気がした。

人生、これでいいのか。」

2014年10月12日日曜日

私の信念(人は誰でも英雄として~~)は、こうして出来た。

私はこう思っている。
人は、誰でも英雄として生き死ねる。

世間では一般に、こう言われている。30歳過ぎたらこうだ。40歳過ぎたらこうだ。
50歳過ぎたら自分の顔に責任をもてとか、そして、私が一番いやな考えは若い時にどんな事をしたかで、
その後の人生が決まって、その自分がある。
つまり、今までの過程により人生が予測されることである。
確かにその通りかも知れない。そしてある程度の年齢になったらそれなりの人になる。
そして、その後の人生はもう決まってしまうなどを言うことである。

私は、この考えは好きになれない。
なぜなら、ある程度の年齢になったらそれなりの人で止まってしまうからである。
私は、いつでもアクテイブに行動する人が好きだ。
なぜなら、現在この瞬間が大切であり、それなりの人になっても何も行動しないなら退屈なだけである。

私は、人はいつでも英雄のように生きる事ができると信じている。

私の信念はこうである。
[人は誰でも英雄として生き死ねる]
もし、『貴方が49歳と364日までは落ちこぼれの人生だとしても49歳と365日の日に、
愛する人を救わなければならないとし、自分の人生もしくは今までの人生の全てを賭けて
行動したら貴方は英雄として生きた』ことになる。

私がこの信念に至ったのは、ある映画によるものである。
その映画は、『ジャック・サマースビー』 MovieWalkaer 作品
ジャック・マサースビーDVD

この映画は、はっきり言って秀作でもなく一般的に感動的でもなく、
そして、ジャンルはまたは思想は何かと問われたらすぐには答えがだせない。
感動的な恋愛ものでもなく、家族愛でもなくましてや冒険でもなく、はたしてなんだろう。
とにかく退屈な感じの映画かもしれない。

この映画の主役は男なのか女なのかも意見が分かれる作品であるが、
最後のクライマックスまでは男が主役と思うが、主役の妻は赤の他人で恋感情なんて何もない。
つまり、ある事を理解または感じる事ができなかったらとても退屈な映画である。

では、この映画は何を言いたいのかも最後の方になってなんとなく分かったものである。
そして、この映画のクライマックスは最後の15分くらいの場面である。
最後の死刑台の場面に全てが集約されている。



最後の絞首刑の場面である。
死刑台の上で男が不安と孤独と死への恐怖で耐えられなくてなっている。
すでに、落ち着きを失っている。
自分のした事は何だったんだ。

もし、ここで真実を証せば死刑は免れるかもしれない。
しかし、
それは、嫌だ。卑劣な自分で生き延びる事は出来無い。

最後の望みに賭けているのがわかる。
必死に妻を探しているのだ。

もし、ここで妻が来なかったら、自分のした事は全てが無意味となる。
それだけはない、ただ単に無実の罪を引き受けただけで死んで行くのである。
これでは、人間としての尊厳も何もない。ただ卑劣な自分で死んで行くだけである。

でも、妻は来た。

妻役のジュディ・フォスターが、群衆を掻き分け進みでて
「ジャック、私はここよ」と叫んだ。
絞首刑になる男が妻を見つけた。
そしてこの時、男の表情が何かをやり遂げた自信に満ちた表情になった。

ここで、この映画は「THE END」で終わりである。
見終わって、すぐには感動が無かった。
幕が下りて、少し経ってからであるが、大きな感動では無い。

しかし、私の心の中に、入り込んでいていつまでも時折、
あの死刑台の場面が浮かぶのである。


私は、この最後の場面の死刑台での男の表情にこの映画の全てがあると思っている。

この男は自分の結末の死において、自分は図りしれない偉大さな事をしたと感じたのだろう。
それは、自分は卑劣な男では無い。
自分は、【英雄として生き、英雄といて死んだ】と、至上の感激をしたことだろう。


ここで、普通に女性には、この事『英雄として生き、英雄として死ぬ』ことを分かってもらえるだろうか。
なぜなら、勝手に無実の罪を背負って死刑と引き換えに自分は『英雄として死ぬ』ことに偉大さを
感じただけの自己満足なのだから。

しかし、妻は分かったのだ。
この男が『どう生き、死ぬかを自分に問いかけた事を』
そして、この男は『卑劣な自分で生きながらえるよりは、生命を賭けてでも英雄として生きたい』事を。

私は、ここでどんなに今までの人生が怠惰であり落ちこぼれで、
どうしよもない人生だとしても、いつでも
人は、誰でも英雄として生き、英雄として死ねる』と言うことが信念になりました。







2014年9月25日木曜日

人生はロマン・浅田真央さんとラフマニノフのピアノ協奏曲 NO.2

フェイスブックでこんな言葉があった。

人生はロマン。
自分は不幸だと思う悩むのではなく、
試練を与えられた物語の主人公だと思えば、
人生をエンジョイできる。
 美和明宏

これだ、
ネットビジネスで著名な人もこの事について言っていた。
自分の物語を作ることである。
しかし、ネットビジネスにおける物語は、ほとんどが嘘であることも言っていた。
自分の真実に基づいていない人は、必ず消えていくそうだ。
必ず勝ち残る事ができる人は、自分に忠実な人だそうだ。

私にいたっては、人に語れるような物語は全然ないし、至って普通としか表現しようがない。
また、どう見ても現在の自分は決して人に誇れるものではない。
あまりにも普通に負け組と言う感じである。
つまり、物語にならないのである。

ある人がこんな事を言っていた。
何処へも行かなくても良い。大それた経験がな無くても良い。
人を惹きつける武勇伝なんて必要ない
友達が居なくても良い。

誇れるものがないなら、自分を磨けばいい。
たくさん本を読んで感性を磨けばいい。

する事は、努力する以外に何もない。

感動の動画:浅田真央さんが採用したラフマニノフのピアノ協奏曲 第2番 
作曲家、ラフマニノフは再起不能と言われた時から4年間にわたり苦しみぬいて再起を果たすために最後に完成させた曲。
この曲は、ラフマニノフの人生そのものであり、
そして浅田真央さんのラスト演技にあまりにもドラマチックで感動的。

2014年9月10日水曜日

泣いてもいいんだよ / ももいろクローバーZ・中島みゆき / cover:伸[nobu](Song & Chorus)

泣きたくても泣けない時が、
苦しいのは誰ですか。

「強くなれ 泣かないで」「強くなれ 負けないで」
「大人になれ 泣かないで」「大人になれ 負けないで」

でも、もう泣いてもいいんだよね。

* 素晴らしい動画と歌で感動を、そして心と身体に休息を